会議室のテレビに挿した動画視聴用の端末、受付のネットワークカメラ、誰かが持ち込んだ録画機。PCやサーバーは管理していても、こうした機器がいつ、誰の判断でLANにつながったのかを答えられる会社は多くありません。
総務省の「巧妙化・複雑化するサイバー攻撃への対策の在り方に関する検討会」は、2026年10月2日に「家庭用IoT機器を悪用するレジデンシャルプロキシの対策について(提言)」を公表しました。名前のとおり家庭の機器を対象にした提言ですが、対策の組み立てを読むと、オフィスのLANにもそのまま当てはまる問いが一つ出てきます。連絡を受けたあと、どの機器なのかを誰が探すのか、という問いです。
レジデンシャルプロキシとは、何が起きている状態か
提言は背景を次のように説明しています。家庭用の動画ストリーミングデバイスをはじめとするIoT機器に、外部からの通信を中継するための不正なプログラムが仕込まれ、これを踏み台にしたサイバー攻撃の被害が表に出てきている。こうした機器は、通信事業者(ISP)から割り当てられた家庭用のIPアドレスを使って通信を中継するため、「レジデンシャルプロキシ」と呼ばれる、というものです。
機器の持ち主は、ふだんどおり動画を見ているだけです。その裏で、機器が第三者の通信の通り道として使われます。
提言は、警察庁が2026年3月に公表した数字を引いています。令和6年中に発生したインターネットバンキングの不正送金は被害件数4,369件、被害額約86.9億円で、このうち犯行時にレジデンシャルプロキシが使われたのは少なくとも1,918件、被害額は約28.9億円でした。件数では全体の約44%、被害額では約33%にあたります。提言は、国内で見えている被害は金銭的なものにとどまるが、これは氷山の一角だと考えられる、としています。
なぜ、持ち主の側で気づけないのか
提言は、対策が難しい理由を4つ挙げています。要約すると次のとおりです。
- IoT機器は一般家庭のLANの中にあるため、利用者が気づかなければ対策が進まない
- さまざまな機器に巧みな方法で不正なプログラムが仕込まれるため、利用者が悪用に気づけない
- 国内の家庭用IPアドレスが使われるため、海外からのアクセスを制限しているサーバーにも届いてしまい、被害を受ける側の対策が難しい
- 機器の製造や流通に多くの関係者が関わっており、この仕組みを維持・運営している主体がはっきりしない
1つ目と2つ目は、機器を使っている側の話です。LANの中は外から見えず、中にいる利用者には異変が見えない。提言は、この二重の見えにくさを出発点にしています。
「回線止まりの通知」とは何か?
回線止まりの通知とは、踏み台になっているという連絡が回線の利用者までは届くものの、LANの中のどの機器が原因かまでは示されない状態を指します。提言が対策例として示した注意喚起の流れでは、通信事業者が手がかりにするのはIPアドレス、ポート番号、タイムスタンプで、割り出せるのは「その時刻にそのIPアドレスを割り当てていた利用者」です。そこから先、つまり何台もある機器のうちどれなのかを確かめる作業は、連絡を受けた利用者の側に残ります。「回線止まりの通知」はこの記事で整理のために使う呼び方で、提言や総務省が定めた用語ではありません。
提言は、どんな連絡の流れを想定しているのか?
提言は対策例を5つ挙げています。実態の調査と分析、被害の申告にもとづく利用者への注意喚起、攻撃の中継の抑止、官民の関係者の連携、国民への広報と注意喚起です。このうち利用者に直接かかわるのが、2つ目と3つ目です。
注意喚起の流れ(対策例の2つ目)。 提言が「考えられる」として示した連携は、次の順に進みます。
- 不正アクセスなどの被害者が、都道府県警察の捜査などの過程で、発信元のIPアドレス、ポート番号、タイムスタンプといった情報を提供する
- 被害者が注意喚起を申し出た場合や同意した場合、警察がその情報を通信業界の団体へ共有する
- 共有を受けた団体や研究機関が、発信元が攻撃の基盤にあたるかを確認したうえで対象のISPを特定し、注意喚起を要請する
- ISPが、その時刻にそのIPアドレスをどの利用者に割り当てていたかを確認し、該当する利用者を割り出す
- 該当する利用者に、個別に注意喚起を行う
提言は、具体的な実施方法は実態にあわせて関係者で検討する必要がある、と断っています。現時点で決まった手続きではなく、対策の例として示されたものです。海外の先例としては、ドイツの連邦情報保安局(BSI)が2024年12月、ISPを通じて感染した機器の所有者へ通知していると公表したことが紹介されています。
中継の抑止(対策例の3つ目)。 踏み台にされた機器に指令を出すサーバーの名前を警察や研究機関がリストにし、ISPが自社のDNSサーバーで、その名前を調べようとする通信を遮断する、という考え方です。機器が指令サーバーとつながれなければ、その後の中継も起きにくくなります。
どちらの対策も、回線の外側で行われます。3つ目は利用者が何もしなくても効く可能性がありますが、仕込まれた機器そのものはLANに残ったままです。
会社のLANでは、どこが同じで、どこが違うのか
ここからはこの記事による置き換えです。提言の対象は家庭用の機器と家庭用のIPアドレスで、会社の回線に同じ流れの注意喚起が届くかどうかは、提言からは分かりません。
そのうえで、共通する点があります。会社のLANにも、PCやサーバー以外の機器がつながっています。テレビ、動画視聴用の端末、ネットワークカメラ、録画機、スマートスピーカーなどです。こうした機器は、情報システムの調達とは別の経路で入ってくることが少なくありません。総務が備品として買う、部署が会議用に買う、誰かが私物を持ち込む、といった経路です。台帳にはPCだけが載っていて、これらは載っていない、という状態は珍しくありません。
違う点もあります。家庭なら機器は数台で、心当たりを一つずつ確かめられます。オフィスでは台数が多く、置いた人がすでに異動や退職をしていることもあります。「回線止まりの通知」が届いたときに、探す範囲が広く、聞ける相手がいない。専任の情シス担当がいない、または総務や経営者が兼任している会社では、この作業を引き受ける人が決まっていないことも重なります。
連絡が来る前に、用意できることは何か?
不正なプログラムが仕込まれているかどうかを、利用者が自分で見分けるのは簡単ではありません。提言自身が、利用者は悪用に気づけないと書いています。用意できるのは、連絡が来たときに探す範囲を狭めておくことです。
- PC以外の機器を一覧に入れる。 テレビ、視聴用の端末、カメラ、録画機、複合機、ルーター、Wi-Fiのアクセスポイントまで含めます。機器名、置き場所、つないだ人、つないだ時期が分かれば、最初の一覧としては足ります。調べ方は会社のLANに何がつながっているか分からないで整理しています。
- 入手の経路を残す。 どこで買ったか、誰が持ち込んだかを一覧に書いておきます。提言は、機器の流通に関わる事業者の対策との連携も検討の余地があるとしており、経路の情報は、後から「同じ機器がほかにもあるか」を確かめる手がかりになります。
- 役目を終えた機器を外す。 使っていないのにLANにつながったままの機器は、一覧にも記憶にも残りにくい存在です。棚卸しのたびに、電源とケーブルを抜く対象を決めます。
- 連絡の受け手を決める。 回線の契約者として登録しているメールアドレスや電話番号が、今も誰かに届くかを確かめます。契約した当時の担当者の個人アドレスのまま、ということがあります。
- 連絡が来たときの記録の型を決める。 いつ、どこから、何を言われ、どの機器を調べ、何が分かり、何が分からなかったか。障害対応の記録が残らない会社で起きることで扱った調査票の考え方が、そのまま使えます。
一覧をExcelで始める場合の作り方と、続けるうえでの限界はIPアドレス管理台帳をExcelで作る方法と、その限界にまとめています。
よくある質問
会社の回線にも、通信事業者から注意喚起が届くようになるのですか?
提言からは分かりません。提言が対象にしているのは家庭用のIoT機器と家庭用のIPアドレスで、注意喚起の流れも対策の例として示されたものです。具体的な実施方法は、実態にあわせて関係者で検討する必要があるとされています。
踏み台にされている機器を、自社で見つける方法はありますか?
提言は、見つけ方を示していません。むしろ、さまざまな機器に巧みな方法で不正なプログラムが仕込まれるため、利用者は悪用に気づけないと説明しています。利用者の側でできるのは、LANにつながる機器を把握し、連絡があったときに確かめる対象を絞れるようにしておくことです。
通信事業者の側で止めてもらえるなら、会社は何もしなくてよいのでは?
提言には、ISPがDNSサーバーで指令サーバーへの通信を遮断するという対策例があります。ただし、これも例として示された段階です。また、遮断が働いても、不正なプログラムが仕込まれた機器はLANに残ります。機器を特定して外すかどうかを決める作業は、利用者の側にあります。
まとめ
- 総務省の検討会は2026年10月2日、IoT機器が他人の通信の踏み台にされるレジデンシャルプロキシへの対策を提言として公表した
- 提言が引いた警察庁の数字では、令和6年中のインターネットバンキング不正送金4,369件のうち、少なくとも1,918件(約44%)でレジデンシャルプロキシが使われていた
- 対策が難しい理由として、機器がLANの中にあり、利用者が悪用に気づけないことが挙げられている
- 提言が例示した注意喚起の流れで割り出せるのは回線の利用者までで、どの機器かを確かめる作業は利用者の側に残る
- PC以外の機器を一覧に入れ、入手の経路と連絡の受け手を決めておくと、連絡が来たときに探す範囲を狭められる
- 「回線止まりの通知」は、この記事で使う呼び方である
ForceJOSYSは、オフィスLANを継続的に観測して端末台帳を育て、異常時には原因候補と次の行動を証拠付きで調査票にまとめる、専任の情シス担当がいない会社向けのIT運用支援機器(観測装置)です。機器に仕込まれた不正なプログラムを検出する製品ではありませんが、LANに何がつながっているかを一覧として持ち続ける部分を仕組みにします。提供中・導入相談受付中で、企業ごとに個別カスタマイズして提供しています。詳しくは機能紹介やお問い合わせからご確認ください。